特注タイル 施工事例紹介 Case 5 資生堂 福岡久留米工場 2022. 09. 29
Profile: 小林 靖樹 株式会社大林組 設計本部 大阪建築設計部 副部長
出身地:北海道
年 表:1998年 株式会社大林組入社
1999年 同 設計本部 建築設計部配属
2022年 同 設計本部 大阪建築設計部 副部長(現職)
代表作:城西大学水田美術館
武蔵野音楽大学 江古田キャンパス
株式会社資生堂 那須工場
福岡県南部、筑後地方に位置する久留米市。
福岡市、北九州市に次いで県内3番目となる30万人が暮らす中核都市であり、
街の東部には、東西約30kmにわたる稜線が美しい耳納連山が連なり、九州地方最大の河川の一つである筑後川が街の北部を流れています。
筑後地方は数多くの伝統工芸が息づく土地であり、
江戸時代に考案された「久留米絣」、高い耐久性と強度を備えた「城島瓦」など、古くから様々な伝統工芸が発展してきました。
この地に需要が拡大するスキンケア商品の生産拠点として、
高品質で安心・安全な商品を生み出す次世代型工場として建設された、資生堂 福岡久留米工場が2022年5月20日竣工を迎えました。
久留米絣等の特産品が各所に使用される中、エントランス外壁に地元産の「城島瓦」を採用いただきました。
今回は、設計者である株式会社大林組 設計本部の小林 靖樹さんに、城島瓦採用の経緯や、ものづくりの魅力について、
インタビューした内容をもとにご紹介します。
ファサード仕上げ材としての瓦
福岡久留米工場の設計にあたり、コンセプトとなったのは「Zip Box」。
セキュリティや品質確保に求められる高い気密性や遮蔽性と同時に、
「Zipをヒラク」「Zipでツナグ」をテーマに、地域の人々との繋がりをより大切に考えた設計がなされています。
Zipを開くことをイメージした各所のスリット照明は、このコンセプトを象徴するデザインとなっています。
建物の正面ファサードには、清潔感の中にも豊かな表情のある白いタイルが使われ、
往来の人々を迎えるエントランス壁には、今回ご紹介する「城島瓦275×275角」が採用されています。
地元の材料を仕上げ材に活かす
普段の仕事から、その土地に根付いた素材を使用することを意識されているという小林さん。
今回の久留米産 城島瓦のアイデアは、久留米工場に先駆け2019年に竣工した資生堂 那須工場に、そのヒントがありました。
那須工場のエントランス内部には、地元の大谷石が使用されています。
清潔感を大切にするクライアントにとって、当初、大谷石の持つ風化した表情には抵抗感を持つ方もあり、クライアントにとっても大きなチャレンジであったようですが、地域の人々の往来も多いエントランスにおいて、地元の素材を使用したことが、地域の人々にとっては親しみやすさとなり、クライアントにとっても満足いただける結果となりました。
そして、今回の福岡久留米工場の建設においても、「また地元の素材やデザインを取り入れたい」というクライアントからの要望に繋がり、福岡県産の粘土を原料とし、地元久留米の窯で焼成された、まさに地産地消の城島瓦の採用へと繋がっていったそうです。
城島瓦について
久留米の地に城島瓦が誕生したのは、関ケ原の戦いの後、久留米藩主となった有馬豊氏が丹波の国から築城の為に瓦工を伴い入城したことに遡ります。
筑後川沿いの肥沃なこの流域には良質な粘土が豊富に採れたこと、また水運に恵まれたことから、この地域は、日本の瓦三大産地の一つとして発展し、九州だけでなく、朝鮮等にも輸出されていました 。
最盛期となる大正期には城島瓦の特長である『品位高いいぶし瓦』を扱う瓦業者が城島町に140軒以上あったことが記されています。
今では数軒となりましたが、街中を歩けば、瓦の街の趣を今でも感じることができます。
城島瓦による試作
正面から見た際の特長的な三角形のデザイン。 そのモチーフとなったのは、『人肌の肌理(キメ)』 。
キメが整った肌は、顕微鏡レベルで見ると三角形の集合体となっているそうです。
ここから、正方形を対角線で二分し、それぞれの三角形が異なったテクスチャーとなる、シンプルでありながらも、ユニークな城島瓦が誕生します。
我々DINAONEでは、今回の計画にあたり、これまでの歴史的建造物の復元等で実績を持つ、加藤瓦工事店様(以下、加藤瓦)とのコラボレーションを提案させていただいたのですが、実は、瓦工場において、どこまでご要望のデザインを実現できるのか、未知の部分がありました。
普段、タイルとは異なり屋根材をつくる瓦業界において、テクスチャーという概念が存在するものなのか心配もありましたが、
その懸念は試作の開始と同時に払拭されることになります。
初期の試作において、イブシ瓦の中にも様々な個性を持った面状サンプルを、今回お世話になった加藤瓦より提案いただきました。
身近にある素材での文様付、表面の磨き方の繊細なタッチは、瓦の世界では、ごく自然なテクスチャー表現であり、代表的な仕上げとなるこれらの表情は、同じ焼き物の世界に身を置く我々タイル業界の人間から見ても、素朴ながらも実に味わい深く新鮮なものでした。
今でこそ工業製品と捉えられがちな瓦の世界ですが、そこには、一品ものとなる鬼瓦の製作で脈々と培われた伝統的な手仕事の技術があり、多様な面状仕上げの提案が可能だったのです。
水撫で面状を始めとする、瓦業界ならではのユニークなテクスチャーを加藤瓦にてご用意いただきました。
試作品やモックアップをご覧になられた設計者のみならず、クライアントからも高い評価をいただき、満足いただくことができました。
決して順風満帆ではなかったファサード瓦
瓦材による壁面仕上げを実現することは、決して簡単な道のりではなかったとお話されていた小林さん。
たしかに、瓦を外壁材として使用する前例は決して多くはありません。
S造ECP下地に対する瓦の留付には、解消すべき施工課題がありました。
① 安全性:留付強度の確保
② 意匠性:製品寸法精度の確保
普段は屋根材として使用される重量のある瓦を、動きのあるECP下地に安全に留め付けるため、またECP板の板間目地を見せないために、
今回は『石張りファスナー工法』が採用されています。
石材の乾式工法同様に、瓦1枚当たりに掛かる風圧に対して上下4か所で支持されたピン金物が、2点支持状態でも必要強度を満たすように安全に設計されており、事前の強度試験の結果から、今回の瓦のサイズを275×275mm、厚さ27mmとし、留付強度を確保しています。
通常、屋根材としては相杓り(あいじゃくり)状に重ねて使用される瓦材。
タイルや石材に比べると本来は寸法バラつきが大きく、許容範囲も緩やかなものですが、実際に施工された瓦の目地幅は、なんと5mmの細目地で施工されています。
これは、成形から焼成まで約13%収縮する瓦の収縮予測を、事前の成形方法のスタディやモックアップ製作から、最適な焼成温度等を読み取って、設計寸法に対して若干マイナス側の管理基準(プラス1mm、−2mm)を狙って製造することで解決し、このディテールを実現させています。
ものづくりの魅力
今回、小林さんへの取材にあたり最も印象に残った言葉が、『手でつくることを疑わない』
加藤瓦のものづくりの姿勢や、今回の瓦への挑戦に対して、小林さんが語られた言葉です。
また、加藤瓦への取材を通して、加藤社長始めスタッフの方々からも、こんなお話をお聞きすることができました。
左右非対称デザインという歪みが発生しやすい製品ディテールにおいて、屋根瓦とは全く違ったファサードという厳しい目線に耐えうる寸法精度と仕上がりを実現することに対する心配はなかったのか?という問いに対し、今回の製造上の課題を解決するにあたり、これまで多くの文化財復元の仕事を通じて、先達がどのような道具を使い、手を入れ、造っていたかを改めて考証し 『兎に角、時間の許す限り、色々なやり方で作ってみるという作業を可能な限り繰り返すことに、全くの迷いはなかった。半年にも未たない短期間の中でも試行錯誤の中から新たな糸口を発見し、知見を積上げ答えを導きだすことができた。』
「つくること」「挑戦してみること」「まず、作り出してみること」
加藤瓦にとっては、昔から変わらないものづくりのポリシーであり、普段通りの仕事と評されていますが、
可塑性があり、自由な形や仕上げが可能な「土」という素材だからこそ成せる技であり、土を巧みに操り、設計者の想いを何としてでも実現していく姿の中に、焼き物の魅力というものを改めて発見することができました。
また、プロジェクトの船頭役として、個性派揃いのメンバーをONE TEAMにまとめ、城島瓦の新たな可能性を広げ、ファサード瓦誕生に導いてくださった小林さん、関係者の皆様へ、この場を借りて御礼申し上げます。
ダイナワンでは、 独自のネットワークによる協力工場や窯元と共に、ご希望の色や質感、形状に合わせた特注タイルをご提案いたします。
特注タイルのオーダーステップについてはこちらをご参考ください。
お問い合わせは弊社営業担当またはお問い合わせフォームまでお願いいたします。
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